大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(特わ)332号 判決

裁判所書記官

村上剛英

本店所在地

東京都秋川市草花二二二〇番地

東京プラスチックス株式会社

(代表者代表取締役 田村金子男)

本籍

同都羽村市羽中四丁目五〇八番地

住居

同市羽中二丁目六番三一号

会社役員

田村金子男

昭和一五年二月九日生

主文

被告人東京プラスチックス株式会社を罰金二〇〇〇万円に、被告人田村金子男を懲役一〇か月に処する。

被告人田村金子男に対し、この裁判の確定した日から三年間刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

被告人東京プラスチックス株式会社(以下「被告会社」という。)は、東京都秋川市草花二二二〇番地に本店を置き、プラスチック製品の設計、造形、立案、製造及び販売等を目的とする資本金五〇〇万円の株式会社であり、被告人田村金子男(以下「被告人」という。)は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していた。被告人は、被告会社の業務に関し、その法人税を免れようと考え、役員報酬を水増し計上するなどの方法により所得の一部を隠して、

第一  昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額が二億五三五〇万六九〇二円であった(別紙1修正損益計算書参照)のに、同年五月三一日、同都青梅市東青梅四丁目一三番地四号にある所轄の青梅税務署において、税務署長に対し、その所得金額が一億二四一三万六八〇九円で、これに対する法人税額が五〇六七万三五〇〇円であるという虚偽の内容の法人税確定申告書を提出した。そして、そのまま法定の納期限を経過させた結果、この事業年度における正規の法人税額一億〇五〇〇万八九〇〇円と申告税額との差額五四三三万五四〇〇円(別紙3脱税額計算書(1)参照)を免れた。

第二  平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額が一億六一二三万一六一〇円であった(別紙2修正損益計算書参照)のに、同年五月三一日、青梅税務署において、税務署長に対し、その所得金額が八六九六万一三一九円で、これに対する法人税額が三三一一万九八〇〇円であるという虚偽の内容の法人税確定申告書を提出した。そして、そのまま法定の納期限を経過させた結果、この事業年度における正規の法人税額六二三五万五〇〇〇円と申告税額との差額二九二三万五二〇〇円(別紙3脱税額計算書(2)参照)を免れた。

(証拠)

(注)以下、括弧内の算用数字は、押収番号を除き、証拠等関係カード検察官請求分の請求番号を示す。

全事実について

1  被告人の

〈1〉  公判供述

〈2〉  検察官調書二通、質問てん末書二通

2  青木幸子、小林正子、清水俊次、丸衛克治、小寺一男、窪島寛訓、志村芳成、田村恵美子、田村義幸、田村勇二、溝井明雄の公判供述

3  青木幸子、小林正子、清水俊次、丸衛克治、小寺一男、谷博、溝井明雄(六丁表及び裏一行目を除く)の検察官調書

4  小林弘(二通)、五味茂、坂井英美、田村彰、青木久子の大蔵事務官に対する質問てん末書

5  売上高調査書、役員報酬調査書、給与手当調査書(同意部分)、接待交際費調査書、雑費調査書、雑損調査書、事業税認定損調査書、交際費損金不算入調査書、役員賞与の損金不算入調査書、投資有価証券調査書(同意部分)、定期預金調査書(同意部分)

6  捜査報告書四通(甲69、70、74、75)

7  商業登記簿謄本

8  定期性取引証明書、預金残高一覧表写し、定期積金移動元帳写し四通、普通預金移動元帳写し、定期性貯金移動証明書

第一の事実について

9  法人税確定申告書一袋(平成四年押第七二九号の1)

第二の事実について

10  租税公課調査書、受取利息調査書(同意部分)、道府県民税利子割調査書(同意部分)、謝礼金調査書

11  捜査報告書(甲14)

12  法人税確定申告書一袋(同押号の2)

(争点に対する判断)

一  弁護人は、被告会社の昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度(以下「平成元年三月期」という。)における実際所得金額は一億五五二〇万八二五二円で、被告会社が同期に免れた法人税額は一三〇五万〇二四〇円であり、平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度(以下「平成二年三月期」という。)における実際所得金額は一億二三三五万九五四〇円で、同期に免れた法人税額は一四五五万九二〇〇円であると主張する。本件の争点は、〈1〉従業員に対する「生産特別3手当」として計上された金額が、被告会社に留保された所得か、従業員に帰属した賃金か、〈2〉平成元年三月に従業員に対する臨時賞与として計上された金額が、被告会社に保留された所得か、従業員に帰属した賞与か、〈3〉被告会社の役員で被告人の子である田村義幸(以下「義幸」という。)と田村勇二(以下「勇二」という。)に対する役員報酬として計上された金額が、水増しされたものか、実際に両名に支給されたものか、という点である。

二  一〈1〉の「生産特別3手当」について検討する。

1  以下の事実は、当事者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる。

〈1〉 被告会社において、昭和六三年六月から平成元年一二月までの間、各従業員に毎月四万円ないし一三万七〇〇〇円の範囲で「生産特別3手当」を計上していたが、これは、各従業員に現金で支給されず、各従業員に手渡される給料明細書にも記載がなかった。被告会社では、「生産特別3手当」についても各従業員の所得税を源泉徴収していたが、その際、各従業員の手取額に増減がないようにするため、源泉徴収の増額分を加算して手当の額が計上されていた。

〈2〉 「生産特別3手当」は、外注で被告会社の従業員の給与の計算事務を処理していた青木幸子が金額を計算して被告会社の経理事務担当者である小林正子に毎月連絡し、小林がこの金額を被告会社の預金口座から出金したうえ、埼玉銀行(現あさひ銀行)福生支店、多摩中央信用金庫秋川支店に開設された東京プラスチックス(株)社員会代表指田伸一(後に岸野和男名義に変更された。)、清水俊次名義の各定期預金口座に入金していた。被告会社に社員会という組織は存在せず、その代表者とされた指田外二名も、社員会代表者として預金の名義人となっていることを知らなかった。これらの銀行口座の開設手続、及び通帳や届出印等の預金の管理は、小林が行い、他の従業員が関与することはなかった。また、被告人は、以上の手続を小林に任せていたが、名義人となる従業員の選定について、小林に直接指示した。

〈3〉 被告会社に労働組合はなく、「生産特別3手当」を直接従業員に支給せず、積立預金とすることに関しては、被告会社とその従業員の過半数を代表する者との書面による協定も、存しなかった。

〈4〉 平成元年一一月二七日に、右銀行口座のうち清水俊次名義のもの五口(合計一九七五万三〇六三円)が、小林によって解約され、社員会からの短期借入金として処理され、被告会社の運転資金に充てられたが、この金額は社員会の口座に返金されなかった。

2  「生産特別3手当」に関し、被告人が朝礼の席上、被告会社の従業員に積立て預金を始めると説明したかどうかという点について検討する。

被告人の公判供述や各従業員の証言は、一致してこの朝礼での説明の事実を肯定するのに対し、被告人や各従業員の検察官調書には、概ねこの点が欠けている。しかし、丸衛克治の検察官調書には、「その後、いつだったかわすれましたが、社長から、『将来のために積み立てをしたい』といったような抽象的な話もあったのですが、具体的な話にはなりませんでした。前の積み立ての話と違い、いつからどこの銀行でいくらずつ積み立てるのかも不明な話でしたし、私としては、職人としての働きの客観的な評価が現われているのは実際に支払われている支給総額であって、そのなかに実際に受け取ってもいない、すぐに自分の自由にならない変な積み立て額を含むような処理をすることには反対でしたので、社長に対しては、『そのようなことは反対です』と言いました。」という供述がある。丸衛の証言には被告人の朝礼での発言に関して右の検察官調書の供述に相当する部分があることからすると、右の供述は、丸衛が被告人の朝礼での発言に関してした供述を否定し切れないために、検察官が時期等をことさら曖昧に録収したものではないかという疑いがある。更に、被告人の朝礼での発言に関する各従業員の証言は、いずれも具体的であり、被告人とは雇主と雇用者という関係があることを考慮に入れても、充分信用することができる。したがって、朝礼の席上、被告人が従業員の前で積立預金を行うと説明したことは、事実であると認められる。しかし、これらの証言によっても、その際被告人や総務部長の増田が説明したのは、不況で受注が減り、残業手当や休日出勤手当が減った場合に備えて、積立預金を行うという程度のことに過ぎず、積立ての月額や積立期間、預金をする金融機関、預金払戻の手続等具体的な話はなかったと認められる。

3  以上の認定事実をもとに、「生産特別3手当」を原資とする社員会代表者名義での銀行預金が、被告会社と従業員のいずれに帰属するかを判断する。この点の判断に当たっては、預金の目的、預金手続の行為者、預金通帳や印鑑等の管理状況、預金の使途、関係者の意識等を総合して判断すべきである。ところで、労働基準法上、賃金は、通貨で直接労働者に、その全額を支払わなければならないものとされ(二四条一項本文)、法令や労働協約に別段の定めがある場合等でなければ、通貨以外の物によって支払うことができず(同項但書)、また、強制預金は禁止されており(一八条一項)、使用者が労働者の委託を受けて預貯金を管理しようとする場合には、労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出ることを要するとされている(同条二項)。これらの規定は、労働者保護の見地からその賃金債権を確保する趣旨に出たもので、税法上の所得の帰属の問題に直ちに適用されるべきものではないが、強行法規によって賃金に関して厳格な定めを置いている労働基準法の規定の趣旨は、税法上の所得の帰属を判断するにあたっても、一つの要素として充分考慮に入れるべきである。

これを本件についてみると、預金の目的は、不況で受注が減り、残業手当や休日出勤手当が減った場合に備えて、従業員の将来の生活保障のためのものであったということができ、現に、退職した従業員に対して、積み立てた額が交付されたことが認められる。しかし、そもそも預金の名義人は被告人が選んだ三名であり、その肩書きである被告会社の従業員会なるものも実態のないものであるから、客観的に被告会社の全従業員に帰属したとみることはできない。

更に、預金手続の行為者は、被告会社の経理担当者の小林であり、預金通帳や印鑑等の管理も、小林が行っており、預金は被告会社の資金繰りのために使用されている。そのうえ、前記1〈3〉のとおり、本件預金は、労働基準法上の社内預金の規制を何ら充たしていない。

以上を総合すると、本件預金は、従業員の所得の安定という目的であったにせよ、各従業員に帰属したとみる余地はなく、被告会社に帰属したものであり、「生産特別3手当」相当額は、被告会社に留保された所得と認めるほかない。

三  次に、一〈2〉の株式の帰属について判断する。

1  以下の事実は、当事者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる。

〈1〉 被告会社では、平成元年三月に一億六〇〇〇万円ないし一億七〇〇〇万円の利益が見込まれ、臨時賞与として合計五八六〇万円を計上し、右賞与から各従業員の所得税の源泉徴収をしたが、その徴収後の残額(四五六二万六六四〇円)を現実に従業員に支給することはなかった。

〈2〉 被告会社では、同月二四日ころ、被告会社名義の銀行預金を下ろし、被告会社の従業員等一四名の名義で、野村証券八王子支店に株式取引のための口座を開き、西武信用金庫羽村支店に配当金等受取りのための預金口座を開設したうえ、野村証券の公募増資株式一〇〇〇株ずつ合計一万四〇〇〇株を、代金合計四六三〇万五〇〇〇円で購入した。右の名義人一四名は、被告人が全従業員を三人一組に分けたうえ各グループの代表者と決定した者であるが、その中には、当時被告会社の従業員でなかった小林弘も含まれていた。

〈3〉 右の株式取引のための各名義人の届け出印や西武信用金庫羽村支店の通帳や届け出印は、被告会社の金庫に保管され、小林正子が管理していた。また、野村証券の株式の保護預り証や届け出印の代用となる野村カードは、各名義人となった従業員の許に送られてきたが、その使用に必要な暗証番号は、名義人を初め各従業員に教えられていなかった。なお、この株式口座の名義人は、証券会社の店頭であるいは電話での注文により、株式の売り注文を執行することができたが、売却代金を受け取るには、預り証の該当欄に署名捺印するか、野村カードをカード暗証照合機に挿入して暗証番号を打ち込む必要があった。

〈4〉 被告人及び専務の増田雄一は、そのころ、朝礼の席上、従業員に対し、全従業員を三人一組にし、各グループの代表者の名義で野村証券の株式を買ったことなどを説明した。

2  被告人らの朝礼での発言の内容について、次に検討する。

被告人や各従業員は、検察官調書において、概ね、以下のとおり供述する。すなわち、「社長(被告人)から朝礼で『今年度は利益が上がったので、皆さんに金をあげてもいいが、将来に備えて、利益を増やすために株式売買することを考えている』という発言があったが、期末の臨時賞与という話や賞与の代りに株式を与えるという話は一切出なかった。その際、従業員の小寺一男から『それだけもうけが上がっているなら、株式よりも現金をくれたほうがいい』という発言があったが、被告人は『皆さんの将来に備えるために会社でプールしておいて色々な準備資金として蓄積しておくものだから』とやんわりと現金で配らないほうがよいという趣旨の説明をした。その後しばらくして、被告人らから『野村証券の株を買った。従業員三人一グループを作り、一人の代表名義にする。運用は任せる。売却して利益が出れば、その分は皆さんに渡す』という話があった。売却して利益が出ればくれるということは、裏を返せば、元本については会社にプールしておき、もうけ分のみについて与えるということであるから、名義は従業員にあるとはいえ、株自体は会社のものであるというに等しい」と供述する。これに対し、被告人や証人として出廷した各従業員は、概ね一致して、「朝礼の際、被告人あるいは増田専務から『会社の利益が上がっているので、臨時賞与もしくは臨時ボーナスとして現金で支給してもいいが、現金で支給すると、従業員が飲んでしまったりして無駄遣いしてはもったいないので、現金の替りに株式を与える。三人一組でできるだけ元本を割らないように利益を増やして、楽しみながら株の勉強をしながらやりなさい』という発言があった。その際、小寺が現物でなくて現金で欲しいと言ったところ、被告人が『無駄使いしちゃったらもったいないので、これでいけよ』と説明した」と供述ないし証言する。

両者を比較検討すると、利益を従業員名義の株式として会社にプールしておく目的であれば、あえて従業員の前で発表する必要性は乏しいし、、小寺の「株式よりも現金でくれたほうがいい」という意見は、被告人から株を従業員に与えるという発言があったのを受けたものとみるのが素直であり、従業員が現金をもらいたいという発想も、賞与をもらうならという前提に立ったものとみるのが自然である。また、被告人から「運用は任せる。売却して利益が出れば、その分は皆さんに渡す」という発言があったとすれば、株式自体も従業員のものになると理解する者がいてもおかしくないと思われるのに、各従業員の検察官調書における供述が、いずれも「裏を返せば」と推測したようになっているのは、著しく不自然であり、捜査官の作為を窺わせるのに充分である。しかも、株式自体は会社に帰属するが、その運用益は従業員に帰属するという被告人や各従業員の検察官調書における供述は、この帰属をめぐる法律関係を分析した結果であることが明らかであり、税法の素人であるこれらの者の供述としては極めて不自然であって、捜査官の誘導によるものとみるほかない。

結局、この点に関する被告人や各従業員の検察官調書における供述は、公判廷での供述ないし証言に比べて信用性が低いというべきである。したがって、被告人らの朝礼での発言の内容は、公判廷での供述ないし証言のとおりと認めるのが相当である。

3  以上の認定事実をもとに、野村証券の株式が被告会社と名義人を代表者とする全従業員のいずれに帰属するか、換言すれば、右の株式の購入が従業員に対する賞与の支給と認められるかを判断する。この点の判断に当たっては、前記の「生産特別3手当」の場合と同様、株式購入の決定権者、株式購入の目的、購入手続の行為者、株式保護預り証や届け出印等の管理状況、関係者の意識等を総合して判断すべきであるが、前記の労働基準法上の規制の趣旨も、一つの要素として充分考慮に入れるべきである。

これを本件についてみれば、株式を購入するかどうかという判断はもとより、銘柄の選択、三人一組のグループで購入するという購入方法、名義人の選定、グループ分け等は全て被告人が決定したのであり、従業員は、朝礼の際に被告人らからこの話を聞かされたにとどまる。また、株式の購入手続は、被告会社の経理担当者であった小林が一括して行っていたのである。確かに、株式購入の目的は、臨時賞与の支給に代わるものであるが、被告人が公判廷で供述するように、「生産特別3手当」の場合と同様、不況で残業手当や休日出勤手当が減った場合に備え、その時点で一括して換金して従業員の給料の支払いに充てることにあったと認められる。更に、株式保護預り証は各名義人のもとに送られてきており、株式の売却自体は各名義人を代表者とする従業員が自らの判断で行うことができ、その意味で本件株式の運用は従業員に委ねられていたのであるが、届け出印や野村カードは小林が一括して管理していたのであるから、従業員が売却した株式を自由に換金することはできない状態にあった。したがって株式の最終的処分権限は、被告会社に保留されていたと認められるのが相当である。更に、臨時賞与として計上された額から各従業員の所得税の源泉徴収額を控除した残額の合計額(四五六二万六六四〇円)は、野村証券株の代金合計額(四六三〇万五〇〇〇円)とほぼ一致するものの、各従業員の臨時賞与として計上された額(源泉徴収額を除く)は、各人によってまちまちであり、野村証券株の各人の持ち分とされる額(一律一一〇万二五〇〇円)とは一致しない。また、株式の名義人の中には被告会社の従業員でなかった小林弘も含まれているうえ、各グループの構成員には役員である被告人らが含まれている。この点について、被告人は、公判廷で、被告人ら役員や小林弘に持ち分があるのではなく、名義人やグループの構成員は誰でもよかったと供述する。これによれば、名義人やグループの構成員は員数合わせであり、株式の購入にあたって、名義人に格別の意味はなく、一定の株数を取得することに主眼があったとみるべきである。加えて、被告会社にはそもそも賞与の一部を株式で支払うという労働協約も存しないから、労働基準法上、本件の株式を賞与の現物支給とみる余地はない。

以上を総合すると、本件株式は、その運用や関係者の意識の点で従業員に帰属したかのようにみられる間接事実も存するが、全体としてみれば、各従業員は自由に処分する権限を有していなかったから、それが各従業員に帰属したとみることはできず、被告会社に帰属したとみるべきであり、臨時賞与相当額は被告会社に留保された所得と解するのが相当である。

四  次に一〈3〉の義幸と勇二に対する役員報酬について検討する。

1  以下の事実は、当事者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる。

〈1〉 義幸は、被告人の長男であるが、大学卒業後昭和六一年四月から大塚工機株式会社に勤めていたが、昭和六二年一一月に被告会社の取締役に選任され、平成元年七月から被告会社で勤務するようになった。勇二は、被告人の次男であるが、大学在学中の昭和六二年七月ころ被告会社の監査役となり、大学卒業後昭和六三年四月から被告会社で勤務し、平成元年五、六月ころその取締役に選任された。

〈2〉 義幸に対する役員報酬としては、昭和六三年四月から毎月五〇万円、平成元年六月から毎月一五〇万円が、勇二に対する役員報酬としては、昭和六二年四月から毎月七〇万円、昭和六三年五月から毎月一二〇万円、平成元年一月からは毎月一七〇万円が、それぞれ計上されていた。しかし、両名が給料日に現金で受領し、給料明細書に記載されていた額は、他の従業員と同様にタイムカードに基づいて算定されたものであった。この結果、義幸が現金で受領していた給料の額は、平成元年三月期では合計六〇〇万円、平成二年三月期では合計一四六二万八五〇〇円公表額を下回り、勇二が現金で受領していた給料の額は、平成元年三月期では合計一三六三万円、平成二年三月期では合計一八四二万円公表額を下回っていた。

〈3〉 被告会社においては、従業員の給料の計算業務は、被告人の妻で取締役でもある田村恵美子(以下「恵美子」という。)のみが行っていたが、恵美子は、毎月義幸と勇二にそれぞれ給料明細書と同じ内容のメモを作成して手渡す一方、両名の役員報酬の公表額と現金支給額との差額を、両名の名義で銀行預金するなどしていた。この預金の印鑑や通帳は、恵美子が保管しており、両名が実際にこれらを使うことはなかった。

〈4〉 恵美子は、両名の名義で銀行預金していたが、その積立ての額は、義幸の名義で多摩中央信用金庫秋川支店に毎月三二万円、西武信用金庫羽村支店に二口で毎月合計五万円、勇二の名義で西多摩農協共同組合に二口で合計六五万円、青梅信用金庫に毎月二万円であり、この他に義幸の名義で六四〇万円の証書貸付けの返済として平成元年五月から毎月三〇万円が西武信用金庫羽村支店に入金されていた。

〈5〉 義幸と勇二の両名は、いずれも被告会社に入社前にアルバイトをしていたが、それぞれ毎月約六万五〇〇〇円のアルバイト収入を得ていた。

2  被告人、恵美子、義幸及び勇二は、公判廷において、被告会社において義幸及び勇二に対し役員報酬の公表額を大幅に下回る金額しか現金で渡していなかったのは、年の若い両名に対して高給の役員報酬を現金で手渡すことは、他の従業員に対する手前、人事政策として好ましくないので、他の従業員と同様にタイムカードに基づいて算定した額を現金で支給し、無駄遣いをしないようにという配慮から、恵美子が両名の現金支給額を含めていったん預ったうえ、両名のために毎月一定額を銀行預金で積み立て、必要な都度両名に現金を渡していたと供述ないし証言する。

しかし、両名に対し高給の役員報酬を現金で手渡すことが他の従業員に対する手前好ましくないのであれば、自宅で手渡すこともできたはずであるから、右の点は合理的な理由とはいえない。また、両名が役員報酬の額が公表額であることを知っていたとすれば、前記一〈3〉のように給料明細書と同じ内容のメモを作成して手渡す必要はないから、この点も不可解であるといわざるをえない。右の証言のうち、恵美子が両名から現金支給分をも預かり、全体の中からも銀行積立てを行っていたという点は、毎月の積立金等が一定しているのに対し、役員報酬額から現金支給分を控除した残額が毎月変動するものであることを考慮すると、一概に排斥することはできず、事実であると認められる。これに対して、右の証言のうち、両名が各自の役員報酬の額が公表額であることを知っていたという点は、義幸が当初の質問てん末書において、自分に対する役員報酬が一か月一五〇万円であることを知らないと述べ、恵美子も同じ時期の質問てん末書において、義幸と勇二に対する役員報酬は水増しで、両名に公表額を知らせていないと述べていることに照らしても、信用できない。したがって、恵美子は、義幸と勇二に知らせずにこれらの積立てを行っており、両名に対する役員報酬は、両名が知らぬ間に被告人と相談のうえ水増し計上されたものと推認することができる。

弁護人は、義幸の名義で毎月三二万円を超える積立て預金のほかに、六四〇万円の証書貸付けの返済として毎月三〇万円が西武信用金庫羽村支店に入金されているのは、平成元年三月に義幸が被告人から被告会社の株式を買い受けた際の借入金を毎月返済していたものであり、検察官の主張する毎月一七万円ないし一七万五〇〇〇円の役員報酬額では毎月三〇万円もの金銭を返済することは不可能であるから、右の返済金は義幸に実際に支給された役員報酬から支出されたものであると主張し、勇二についても、同人の名義での毎月六五万円もの積立ては、検察官の主張する毎月一四万五〇〇〇円ないし一七万五〇〇〇円の役員報酬額ではまかなえないから、同様に勇二に実際に支給された役員報酬から支出されたものであると主張し、義幸や勇二、恵美子もこれに沿った証言をする。

このうち、六四〇万円の借入金の返済については、関係証拠上、義幸が被告人から被告会社の株式を譲り受けたことは、事実と認められ、右の株式譲渡の時期と借入れの時期がほぼ一致することから、右の借入れは、右の株式譲渡に伴うものであると推認することができる。確かに、義幸は、その当時大塚工機で毎月十数万円の給料と被告会社から毎月六万五〇〇〇円のアルバイト料を得ていたに過ぎないのであって、金融機関から六四〇万円もの借入れを起こせる信用があったか疑問がないではなく、この借り主を被告会社又は被告人とみる余地もないとはいえないが、被告人から義幸への自社株譲渡の利益が同人に帰属し、右の借入れが株式譲渡と関連していることからすると、それは、義幸の自社株購入資金に充てられた同人の借入金に当たると解するのが相当である。そうすると、右の借入金に対する毎月三〇万円の返済は、実際上の手続きは恵美子が行ったものであるが、被告会社が義幸のために行った立替え払いとみることができ、この利益の供与は、同人に対する役員報酬としての性質を有すると解するのが相当である。なお、役員報酬の支給形態については、従業員の賃金のように現金で現実に支払わなければならないものではなく、任意の相当な方法で行うことができ、借金の分割弁済金の立替え払いといった形態でも行いうるというべきである。また、義幸に対する右の利益の供与は、同人が被告会社で稼動する二か月前から行われているが、役員報酬は、従業員としての稼動実績とは一応別個のものであるから、この程度の期間のずれは、役員報酬の実額性を否定するものではないというべきである。

これに対し、義幸や勇二の名義での銀行預金は、他の従業員の場合と異なり、両名が恵美子に申し出て預金を引き出せる余地が全くなかった訳ではないといえるが、印鑑や通帳は恵美子が保管していたのであるから、両名が管理していたとはいえず、両名に現実に利益が帰属したことはなく、借名口座として被告会社に帰属したと認めるのが相当である。

なお、弁護人は、義幸と勇二に対する現金支給額には、残業手当等の諸手当が含まれているから、定額支給であるはずの役員報酬とみるのは不自然であると主張する。しかし、証拠によれば、被告会社の取締役であった指田伸一らに対しても、役員報酬に相当する本給のほか、残業手当等の諸手当が支給されていることが認められ、右のような支給形態をとることは不自然とはいえない。したがって、義幸と勇二についても、給料明細書の本給相当額を役員報酬とみることは不合理でなく、弁護人の右主張には理由がない。

以上によれば、義幸と勇二に対する役員報酬は、公表額のうち現金支給額及び義幸のための借入金の返済に相当する額は実額であったと認められるが、それを超える額は水増しであったと認めるのが相当である。

五  結局、弁護人の主張は、右の限度で理由があるので、被告会社の所得を判示のとおり認定した。

(法令の適用)

罰条

被告会社について いずれも法人税法一六四条一項、一五九条一項、二項(情状による)

被告人について いずれも同法一五九条一項

刑種の選択

被告人について いずれも懲役刑

併合罪の処理 刑法四五条前段

被告会社について 刑法四八条二項(各罪の罰金額を合算)

被告人について 刑法四七条本文、一〇条(犯情の重い第一の罪の刑に加重)

刑の執行猶予

被告人について 刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件はプラスチック製品の設計、造形、立案、製造及び販売等を行っていた被告会社が、二年度にわたり合計八〇〇〇万円を超える法人税を脱税したという事案である。

本件の脱税額の総額は相当に多額であり、被告会社は、過去に所得のごまかしがあったとして、税務調査を受けたことがあるにもかかわらず、再び脱税を敢行したという点で、その犯情は悪質であり、また、本件の脱税金額中役員報酬の過大計上については、脱税の犯意が強固であって、態様が悪質であり、被告会社のワンマン社長として率先して脱税工作を指示した被告人の責任は重い。

しかしながら、本件脱税のうち相当部分を占める社内預金と株式購入による人件費の過大計上は、もともと従業員の給料の手取り額が減少した場合に備えて蓄積するという動機に出たもので、結果的に脱税になるとはいえ、動機においてくむべき点があり、売上除外の点も、取引先からの要請によるものであって、それほど悪質ということはできない。更に、被告会社は、本件二年度分について、既に本税、重加算税、延滞税等を修正申告のうえ全額納付しており、本件犯行によって蓄積した利益の全てを拠出している。加えて、被告人は、前科前歴がなく、これまで被告会社の経営者として、その事業の発展に努め、真面目に働いてきたものである。

以上の事情等を考慮し、被告人に対しては主文の懲役刑を科するとともにその執行を猶予し、被告会社に対しては主文の罰金刑を科するのが相当であると判断した。

(出席した検察官渡邉清、弁護人高野康彦、早水暢哉)

(裁判官 朝山芳史)

別紙1 修正損益計算書

〈省略〉

別紙1 修正損益計算書

〈省略〉

別紙2 修正損益計算書

〈省略〉

別紙2 修正損益計算書

〈省略〉

別紙3 脱税額計算書

東京プラスチックス株式会社

(1)自 昭和63年4月1日

至 平成1年3月31日

〈省略〉

(2)自 平成1年4月1日

至 平成2年3月31日

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例